日常生活のはなし

『お盆』と言われる風習について

 

先祖供養は必要ない

お盆生まれのわたしにとって

死者がこの世に帰ってくるだかと言われる「お盆」の時期は

自分の誕生日というよりは「お墓参り」のイメージで育ちました。

わたしの5歳の誕生日に曽祖父が亡くなった影響もあるでしょう。

誕生日どころではない日々が続き

小さなころからなんだかな~~~と思っていました。

お花を買おうとしても仏花しかないし(笑)ワラエナイ・・・

とんでもねぇ・・・とよく思っていました。

でも子供のうちは仕方がないわけです。

どうすることもできない。

だからこそ

大人になっていろいろと考えていく中で

亡くなった方を祀ることと生きている人間の誕生日を祝うのと

どちらが大事なんだと。

冷静に考えても間違いなく生きている人間ですよね(笑)

僻みですか?(笑)

僻み抜きで冷静にこの件について書きたいと思います(笑)

 

この世に霊魂や神は存在しない

これがまずは前提にあります。

神や霊魂は存在しない。

輪廻転生もない。

だからこそ

現世しかない。今を大切に生きる。一度きりの人生。

なのです。

ですから

そもそも論として

死者を供養するとか必要ないわけですね。

先祖を敬わなければならない。

お墓参りをしないと悪いことが起こる等

 

「先祖を供養しないことは悪」のように言われたりもしていますが

そもそもの根底が違います。

(もちろん、輪廻転生すると思っている方はこれ以上読まなくても構いません。
考えていることが根本的に違いますから読む必要はないかと思います)

もちろん、ご先祖様に関しては

「自分に命を繋げてくれた」という感謝の気持ちを忘れずにいること。

これは大切です。

要はこれだけでいいのです(^▽^)/

人間は死んだら終わりなのですから鎮魂とか供養とか墓参りとか

必要ないし時間の無駄なのです。

ただ、感謝の気持ちを忘れない。それだけでいい。

もしも自分が死んで、それで終わりなのに

自分の子や孫が一生懸命供養してくれたり墓参りだの法事だのをしてくれて

うれしいですか?

わたしだったら

そんなことはいいから

生きているみんなでその時間を楽しく過ごしてほしいし、

法要にかかるお金はおいしいものを食べたりするお金として使ってほしいと思うけど。

やっぱり供養してもらいたいですか?(笑)

だからこそ

心が進化しないのです。。。

供養してもらうためにお金を払って

ありもしない霊魂があると仮定してお経を唱えてもらう。

宗教とはそういうものなのです。

仮に、もしも、、、

霊魂が存在したとしても・・・

供養やお墓参りというものは

霊魂を無理やり現世に引き戻すようなものです。

速やかに次のクールに進むはずが、現世に戻されることで輪廻転生のチャンスを阻んでしまうようなものだと思います。

今世だめでも来世会おう!!とか言っている皆さんが

一生懸命供養しているのであれば

間違いなくその来世会いたい方には会えないでしょうね・・・。

ま、知らんけど。

鎮魂というものは

鎮める(しずめる)魂と書きますね。

生きているわたし達の記憶から忘れ去られること。

全く想われなくなること。

これこそが亡くなった方にとっても「安寧」であり「鎮魂」でもあるのです。

お盆だからお墓参り「行かなきゃ」とか

実家に「帰らなきゃ」とか

法事があるから面倒だけど「参加しなきゃ」とか

全然行きたくないなら行かなくて結構です。

それで

色々と気を揉んで、何かをひっかぶり体調を崩したりメンタル病むくらいなら

行かないほうがいいです。

嫁だからとかしばらく会っていないからとか

理由をつけるのは簡単ですが

自分を大事にできない証拠です。

ここら辺は学習会でも話していきたいですね!!

お盆について

書くことにためらいもあり、これでも毒少な目で書きました(笑)

どうぞ参考までに(笑)

 

学習会でこの話になったらかなり毒吐くかもしれません(笑)

 

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