命の尊厳って何ですか?
命の尊厳なんてない。これが自然界のルールなのです。
自然は命に忖度しません。
かわいそうだから・・・なんてことはありません。
自然災害が起きたら、その条件にはまった人・モノ・コト全てを破壊します。
この人いい人だから助けてあげようとか
この人権力者だからやめておこうとか
ないですよね(笑)
当たり前です。
これが自然の摂理です。
イヤシロチであろうが、穢れ地であろうが、自然災害が起きたら
関係なく破壊されますよね?
重要文化財だから守ってあげようとかないです(笑)
これが当たり前の自然法則であり、だからこそ平等であり美しいのだと思います。
運が良い・悪いなんて自然には関係ないのです。
運が良かったから雨に当たらなかったのではなく
たまたま当たらなかっただけの事。運じゃないのです。
同じように良いことをすれば返ってくることだって自然からすると関係ありません。
どれだけ徳を積もうが、悪いことをしようが、嘘つこうが
自然はそんなことで忖度しないのです。
条件にあったらそうなるだけ。
「命の尊厳」は人の都合で勝手に作り出されただけのものです。
お亡くなりになるということは、死ぬということは
死ぬべき時に死ぬだけのことです。
そこに尊厳などはありません。
これが自然の摂理です。
この宇宙にとっては、命も、物質も、存在していることには
「何の意味もありませんし、価値もない」のです。
宇宙が人間の事を価値深いと思っていると思いますか?ってことです。
何の意味も持っていません。
人間が勝手に身内の死やペットの死、有名人の死を悼み、嘆き悲しみ「ロス」になっているだけであり
また、供養だの鎮魂だの慰霊だのと言っているだけであり
そこに何の意味も価値もないのです。
生まれたら必ず死が訪れます。生き物の宿命です。
これも当たり前のことですから
お別れが来ることは誰もがわかっていることなのです。
絶対に分かれなければならない運命なのに
離れたくないとか、死んじゃいやだとか、一緒に死のうとか
バカげています。
死は1つの出来事なだけなのです。
それで流せばいいだけなのです。本当はね。
本当の愛を失ってしまった人間は、ここに大きな執着を持ちます。
死者に対していつまでもいつまで執着し、思いを引きづります。
毎日のお供えや法要、お墓参りに至るまで、お金と時間と労力を惜しみなく使います。
全く意味なんてありませんがそれに気付けないのです。
これも先祖代々やってきているから。
これも真のカルマでありマヤズムです。
本当の愛を失ったマヤズムです。
そもそも霊魂なんて存在しません。神様もいません。
なので供養の必要もありません。
逆にそんなことをすることで成仏できないかもしれません。
お亡くなりになった方は放っておく。これが自然の在り方であり摂理です。
野生動物たちをみてください。
あれが自然であり、自然というものはそういうことなのです。
無に還ったものはそのまま静かにそっとしておく。
もちろん、人間界にはルールがあるため
燃えるゴミに捨てるわけにはいきませんのでね(死んだらそうしてくれって言っていた方もいらっしゃいましたよね(笑)森永さん)
死亡届出したり、火葬したりはしないといけないですが
最低限のことだけでいいということです。
そして、死者に執着せず、今生きている生活に、生きている人を大切にすることです。
死者の供養だの何だのにお金をつぎ込むのなら
生きている人につぎ込んでください。
生きている人にその時間を使ってください。
生きている自分に価値を与えてください。
嘆き悲しむのではなく、自分の命を精一杯使うのです。
地道にコツコツとズルをせず、人のものを奪わず、自分の力で生きていくのです。
これこそ自然に即した生き方であり、死者に対してのとむらいになります。
生きていることが貴重なのです。
死んだら終わりです。死人に口なしです。
命の尊厳?そんなのありません。
都合よく作られたものに騙されないでくださいね!
